2015年の音楽生活4



沈丁花の花が開いている。もう春がやって来た。


映画 スローなブギにしてくれ (1981)

石を手に入れてからSITアンプが完成するまで映画を20本観ているが逆に言うと映画を20本
観る位の時間が流れないとアンプが一台出来ないとも言える。この方が真実に近いのだろう。

さてこの映画はそのうちの一本だが視聴記が書けなかった。原作者は深く考えていないかも
しれないがいろいろと問題を含んでいる。猫を投げ捨てるというのもそうだし彼女が強姦され
た復讐として犯人をボコボコにするというのもそうだ。牛丼屋でのバイトテロのようなシーン
もある。これらは是非を論じるまでもない位やりすぎの行為なのだが今の世の中の状況の先取
りにも見える。

幸福論の裏筋をひたすら行くという感じがしたのである。中年男は妻子とお別れし若いカッ
プルには心の傷が残った。その割に登場人物に暗さが無いという独特の違和感がある。


映画 花の降る午後 (1989)

神戸の異人館界隈のフレンチレストランを舞台にオーナーマダムの華やかな生活が描かれる。
そこに忍び寄る影。オーナーマダムの典子と客の実紗との間でミネラルウォーターとワイン
を巡ってさや当てのようなバトルが行われる。通常女性同士で共通のターゲットが無いのに
このようなことが起こるだろうか。女流作家ならば出てこないシーンだろう。

それはさて置き本編は神戸版細腕繁盛記のようでもあるけど犯罪者集団の妨害が出てくるの
で後味の悪い展開が予想される。結局ハッピーエンドになっていたがこれではリアリティに欠
けるのではないかと思った。現実はたぶんもっと悲惨なものになるだろう。


映画 鍵泥棒のメソッド (2012)

豪勢な暮らしを享受していた闇の男が記憶喪失になり貧乏劇団員にされてしまう状況は
ちょっとシュールでそこはかとない悲哀もただよう。非情なスナイパーが善人になっている
ところが可笑しいがこれは洋画のアンノウンと重なる部分がある。

主人公はあるところまでは上手くやるがだんだん地が出てきてヘマをする。そこへ記憶を
取り戻した男とその婚約者が加わりヤクザに一杯食わせるという話だ。対比とどんでん返し
が面白い楽しめる映画だった。


映画 日本黒社会 Ley Lines(1999)

新宿の闇社会は元々あった訳だがそれに帰国者二世や不法滞在外国人が加わりさらなる闇が
作られつつある。この映画は一風変わった手法で撮られているし素材もリアルだ。起こって
いる事はまるで映画のようだった。


気になった音楽たち

CD時代と違って最近の再生機器は曲名とアーティストが表示されている。イーグルスの
グレーテストヒッツを聴いているとTequila Sunriseとある。ああこれは谷山浩子のてんぷら
☆さんらいずの元ネタかと合点する。




映画 天使のはらわた 赤い閃光 (1994)

冒頭のレイプ回想シーンは主人公の名美が前向きだけど深く病んでいる事を示す。夜の街に
蠢く女たち。出てくるのは継父に犯された過去を持つママや名美に付きまとう男やらで名美も
相当酒癖が悪い。泥酔した或る夜とうとう猟奇的事件に巻き込まれる。ラブホで朝目覚めると
惨殺死体が転がっていた。名美には記憶がないがビデオテープが残されていた。真犯人は誰か
というストーリーが進行してゆくが同時に名美のパニック障害の解明のような事も行われて
いる。仕事で関わってきた雑誌ライターの村木という男が相談に乗り助けようするが、また
変な展開に。謎が解けそうになるとまた謎になるという仕掛けになっている。

結局男を狂わせている妖女が名美であるという解釈でいいのだろうか。


室生犀星 杏っ子

太平洋戦争中は軽井沢の別荘に一家で疎開した。そこでの出来事が綴られる。食糧の確保
に苦労したが何とかなるものだ。一度吹雪で杏っ子と弟が遭難しそうになるが運良く事無き
得る。この章の中で戦争について犀星の卓見が書かれている。

戦争自体は表向きは国と国の戦いだがこのような世界大戦は古い巨大な幻影を破壊する
共同行為でもある。今日本はそれに首を突っ込んでいることになる。

戦後は得てして戦争の悲惨さが強調されるが積極的な意義としてはまさにこのようなものが
あるのである。古い因襲的なものが一部を残してきれいさっぱり破壊された。


室生犀星 杏っ子

戦争が終わり平和が訪れる。杏っ子に縁談が幾つも舞い込むようになる。中には官僚や重役
の息子、将来の医学博士などが居たが杏っ子には人間味が乏しいと感じられ断ることになる。
どうも杏っ子は退屈な男といるのが苦痛に感じられるらしい。最後に訪れてきた女学校校長の
次男にはいやな所がなく平四郎も気に入ったが、話を進めようとした所に男が割り込んでき
た。顔見知りの亮吉である。校長の次男が戦時中に慰安婦を買っていたのを亮吉は見たと言
う。この讒言に左右されたというわけではないが結局あちらを断り亮吉との縁組に進む。
これには犀星の男性観が影響しているようだ。

エリートはとかく癖がある人物が多い。凡庸でも堅実に稼いでくる男を選べ。夢見る男は
駄目である。

といった感じである。


映画 マノン (1981)

中年男の日常、オフでの女遊び、親族の葬儀の場面が出てくるが何の衒いもなく話が流れて
ゆく。女はバニーガールをしながら芸能のレッスンに通うという生活をしている。同棲中の
DV男を振って中年自営業者と旅行に出かける。旅先では若い男を見つけて一夜を共にし
た。自由な大人たちの饗宴という感じだ。

この三人の男達が絡み合う展開になるが女は特に性悪というほどではなく成り行きに任せ
男達についてゆく。男達は威勢を張り暴力沙汰も起こるが微妙な友情も生まれてくる。最後は
女のヤクザな兄が自営業者に強要と殺人を行い逃亡した。

悲劇で終わったが、ありふれた奇跡の理論で行くとこれは地雷を踏んでしまったのだ。
ありふれた奇跡の状態を守るために細心の注意を払っておく必要があったと言える。


室生犀星 杏っ子

杏子と亮吉は軽井沢で簡素な結婚式を挙げ川沿いの温泉宿に新婚旅行に行く。初夜に付き物
の心理的な葛藤、亮吉の変貌が克明に描写される。いつの間にかだが東京での貧乏生活に二人
は陥っていた。亮吉は写真業を捨て小説を書いては原稿を持ち込み断られ続けている。平四郎
の懸念した道へと何故だか進んでいる。平四郎との口約束が破られたわけだ。

杏子は質屋通いで憔悴気味だが或る日とうとう大喧嘩する。酒癖の悪い亮吉が平四郎のことを
侮辱する言葉を吐いたのである。その日杏子は家出をする。お金のない杏子だが平四郎と江安
餐室で食事をしお酒を飲んでホテルに一泊した。子供もいないので身が軽いと言えばそうであ
ろう。


映画 特攻大作戦 (1967)

ノルマンジー上陸作戦の前にレンヌに侵入しドイツの将校たちを殺すという作戦が立案
される。ひと癖のある少佐と12人の囚人で決死隊を編成する。

これは死ぬとわかっている決死隊に加われるかどうかという問いの一つの答えになってい
る映画だ。自分が死刑囚なら一か八かやって見ようという気になるだろう。冒頭の死刑の
シーンがその考えを観客に植え付ける。しかしレバノンの春で見たように自分が単なるコマン
ドなら答えは出ない。参加するか逃げ出すかどちらも選べるからだ。このような答えの出ない
問いかけにたいして答えを与えてくれるのが宗教である。アルカイダの自爆女もサリン事件の
実行犯も教義によってそこを乗り越えている訳である。

映画自体はシリアスなところも無くコメディー風の娯楽作品だが、見終わってみるとドイツ
人将校とその家族たちをガソリンで焼き殺すという後味の悪い結末だった。


映画 ビルマVJ 消された革命 (2008)

ビルマの軍事政権に対する僧侶と学生たちによる2007年の反政府デモを外国人ジャーナリス
トがヤンゴンに潜入し撮影したもの。この映像は衛星放送で国内に流されたり海外メディアに
も提供された。治安部隊の発砲の様子や僧侶を逮捕拘束するところが撮られている。偶然にも
日本のジャーナリスト長井健司氏が撃たれた様子が写っている。このように事件の真相が
明らかになる所がビデオの凄いところだ。軍の発表と証言からでは真相は闇の中ということ
になる。

ビルマでは 2011年に総選挙が行われ新政府が誕生し軍事政権は一応終わったようである。


室生犀星 杏っ子

1円もかせげない亮吉を支えて杏子は着物や指輪を質入れして小金を作りとうとうピアノ
まで6万円で売ることになった。酒に酔って悪態をつく亮吉に対し歯に衣着せぬ杏子は
とうとうトドメを刺す。余りに見事なのでこれは犀星の創作かなとも思った。

こうなったのは杏子の父が立派過ぎたせいもあるだろう。突出した犀星を目当てに人が
すり寄ってくるし、子はコンプレックスから逃れられない。亮吉も相手が杏子でなければ
普通に仕事をして食わせるだけの才覚はあったと思う。人格は変わるので縁談では仕事を
重視して相手を選んだほうが幸せになれたかも知れない。


室生犀星 杏っ子

平之介の嫁選びは街中で見かけた美人に片っ端から話を持ち込むという荒っぽいやり方
だったが、結局幼馴染で平四郎お気に入りの美人りさ子が突然訪問してきた事からそちらで
決まりになる。ところがりさ子は見掛けによらず頑固で家事はいっさいしないという女だっ
た。軽井沢の別荘生活で早くも二人の関係に亀裂が入ったのだった。


映画 Raw Deal (1986)

冒頭で証人保護プログラムが破られる場面がある。FBIの中に密告者がいると考えた捜査官
は自腹を切り極秘にある人物をシカゴのマフィアに潜入させる。目的は復讐だ。

左遷されていた元FBI捜査官(アーノルドシュワルツェネッガー)がこの役を引き受けること
になりダーティーハリー以上のめちゃくちゃな捜査を開始する。このハードな感覚は斬新だ。


映画 チベットチベット (2008)

世界一周旅行に旅立ったキム監督が北インドに亡命中のダライ・ラマをビデオに収めた後
チベット入りし中国による侵略の実情を取材した作品。難民の亡命先であるネパールの取材も
行っている。ラサが中国の地方都市化している映像、破壊され廃墟になった寺院が衝撃的だ。
いつ破壊されたか調査が不十分だが文化大革命の時か1989年の大弾圧の時かによって意味合い
が違ってくるだろう。このような映像が日本のテレビで放映される事は無さそうである。

ダライ・ラマの主張が全面に出ていてこれも参考になった。


映画 幕末 (1970)

江戸城下での切り捨て御免の場面がある。下駄を履いた町人を酔っ払った武士が無礼打ち
にする。これは誇張があるだろう。原案は司馬遼太郎の竜馬がゆくとされている。本編は坂本
龍馬の活躍がダイジェストのように駆け足で描かれている。維新を引っ張っていった面々が
爽やかな人物に描かれているのはやはり誇張ではないだろうか。

最後のシーンは近江屋での龍馬暗殺で血糊べっとりという演出だった。


映画 いつかぎらぎらする日 (1992)

斬新な演出の日本のハードボイルド映画だ。今の日本に無くなっているものが多数写って
いて面白い。この中年三人組は銀行強盗を生業としお金が無くなるとまた集まって強盗を
繰り返す。その内の一人が在日という設定になっているが名古屋OL闇サイト殺人事件との
類似性があるようだ。あちらの事件は一人が自首して全員捕まっているがもしうまくいって
犯行を繰り返せばこの映画のようになるに違いない。

主人公の生き様はジャックメスリーヌそのもので美人の情婦がいる。ヤクザを物ともせず
裏切り者を追いかけ追い詰める。結末はややシュールな感じで新感覚とも言える。


室生犀星 杏っ子 読了

平四郎が軽井沢の別荘に逗留している間に亮吉と平之介は平四郎が丹精して作った庭を
打ち壊してしまった。酒での勢いとはいえこれによって亮吉夫婦は出て行くことになる。
この後しばらくして別居となり離婚になった。

母親は早く別れろと言い平四郎は黙ってサポートに徹したが結局平四郎を怒らせたことが
破局へと進ませる。相手選びから別れまで平四郎の影響が大だったような気がする。杏子は
実家に戻ってからは平四郎の秘書のようなポジションが用意された。

平四郎は杏子の相談に乗ったり近くに住まわせたりしたがこれでは亮吉の目にチラチラ
入って精神をおかしくしてしまう。杏子は遠くに住みたまに里帰りするくらいが良かったの
ではないか。


映画 マークスの山 (1995)

高村薫の傑作小説を崔洋一監督が映画化したもの。独特の暗くねっとりとした映像に
なっている。冒頭の精神病院での看護師絞殺の場面はカットされているかと思ったら後で
出てきた。話は住宅街で見つかった暴力団員の死体の事件の捜査から始まる。いわゆる刑事物
のような展開だが警察の雰囲気がいつもとは違う。刑事たちがねっとりと暗い。

やがてエリートたちが殺人者マークスの影に怯える状況が浮かび上がってくる。エリート
たちも何だかねっとりと暗い。マークスとは連続殺人犯で精神異常者だがとうとう指名手配
される。その物証となったのがアイスハーケンだ。すでに4名殺し逃走中だ。腕利きの合田刑事
が山に向かったマークスを追う。

登山者の出で立ちで合田は部下とともに南アルプスの沢を登って行く。尾根に着くとそこに
はマークスが座って死んでいた。昨夜の吹雪に吹かれて凍死したのか。自殺のようにも見える
のだが。話はこれで終わり。意外にシンプルだった。

細かい事を言うと出てくる男達の設定が女の視点によるものの気がした。具体的に言うと
エリートは保身が大事、刑事は仕事中毒で壊れる寸前、精神異常者の犯人は考えてることが
まとも(悪人を退治し、大金を稼ぎ、美女をゲットする)。だが男の理想とするものは男に
しか見えていないわけでこの話は違うなと思った。


映画 人のセックスを笑うな (2008)

女流小説家山崎ナオコーラの同名小説を映画化したもの。美大を舞台にした恋愛ものだ。
男子学生(松山ケンイチ)を巡って女子学生(蒼井優)と講師(永作博美)の三角関係の
話になっている。講師はちょっとぶっ飛んでいるところもあるがみんな極めて常識的という
か真面目である。殊に女子学生は男を取られてうじうじ悩んでいる。これが人生初の不如意
なことらしい。ほとんど子供である。この三人以外の登場人物はいるけど存在感が希薄に
なっている。学園生活、アルバイト、個展の場面が主になっている映画だがアメリカ映画
ならもっと人物に社交性があるだろうなと感じる。これが現実だとすると留学したら日本人
は大変だなと思った。結局女講師は大学を辞めインド旅行に行くらしい。二人はこの展開に
驚き復縁したというオチになっている。


映画 幕末太陽伝 (1957)

品川宿遊郭の話。華やかさが出た優れた映像作品になっている。ここまで再現出来ていると
ビゴーのカリカチュアから想像するよりはるかに正確に見れた気になる。ビジュアルばかりで
なく台詞回しもカメラワークも大したものだと思う。

遊郭だが女性は生き生きと働き粋に遊ぶ町人や威張らない武士が登場し極めてニュートラル
な物の見方がなされている。これと比べると司馬遼太郎は良くないなと思える。


ドラマ 雷獣 (1990)

立松和平原作のTBSドラマ。舞台が栃木の近郊農家で映画春雷のバリエーションかと思え
る。主人公(奥田瑛二)は美人の妻と理容店を営んでいる。これは山田太一の旅の途中
(2002)と同じだ。彼は農家の倅でトマト栽培もやっている。出てくる小学生の身なりは綺麗
でカローラは5代目のセダンだし地方も豊かな生活になっている。主人公はトマトを見に来た
近所の小学生をかっとなって殺して埋めてしまう。現れた刑事は温厚な紳士でゆったりと捜査
を開始する。主人公はアリバイ工作のようなこともしてしらばっくれているがだんだんとボロ
が出てくる。状況証拠が集まってくるが遺体発見前に主人公に問いただし自供させようとす
る。これは刑を軽くするための温情のようだが逮捕は後だった。

このドラマは栃木、群馬周辺で多く起こっている幼児行方不明事件がこうして起こりうる
という問題提起かもしれないけれど真相はやはり違うと思う。


A606 HCAアンプが完成。ヘッドホンを選ぶようだが途轍もない音がしている。A606
の本当の実力がやっと出て来たようだ。




(つづく)